CD曲集「宮沢賢治の世界」を聴きました。

「ロウバイ(臘・臘梅)」の花。(28.12

浅間連峰に雪雲は見られず、地面には、霰(あられ)が舞い落ちています。
アメダス、最低気温は氷点下2.7度(5:40)、冷え込みはやや緩んだようです。
寝床で聴いた、ラジオ深夜便・誕生日の花」、今日は「ベニベンケイ・カランコエです。
ステラMOOKを開いてみました。
きょうの一句 煤逃げて家にも世にも帰り来ず 文挾夫佐恵
年末の大掃除が「煤掃・煤払」。それから逃げるように外出してしまう「煤逃(すすにげ)。作者の夫は、煤逃のように入院し、そのまま帰らぬ人となった。
花言葉:幸福を告げる
部屋の「セロジネ」鉢に、なぜか1本のカランコエ」が同居しています。
以前に挿し芽?覚えていないけど…。

確か、花弁は4枚が普通だと…、近寄って観ると、5枚のものも見えます。
「ラッキーカランコエとでも呼ぼうかな…、「ラッキーライラック」のように…。

部屋を片付けながら、CD曲集「宮沢賢治生誕百年記念 宮沢賢治の世界」に耳を傾けました。

今年が、生誕120年だから、20年も前に求めたものです。
「賢治を読む会」でも聴いて、楽しんでいます。
新聞を整理していたら、信毎夕刊のコラム・「本の森に、宮沢賢治に関する投稿・記事がありました。
演出家 藤田俊太郎さんの、宮沢賢治銀河鉄道の夜」読むたび色彩を変える青春です。
 秋田市の高校を中退した17歳の10月、僕は宮沢賢治が生まれた隣県岩手の花巻へ鉄道で向かっていた。かばんの中に1冊の本。どうしても花巻で「銀河鉄道の夜」(ちくま文庫の「宮沢賢治全集7」に収録)が読みたかった。他者とうまく交流できない僕は、無謀にも自分は賢治の生まれ変わりだと夢をみばがら、童話の言葉にすがっていた。
 それを青春と呼ぶならば、僕は賢治の青春が欲しかった。青春から遠く離れて演出家となった今、演劇を続けたこの10年を思いながら、再び本を開き、人生で何度目かの美しい銀河へ旅に出る。主人公のジョバンニはカムパネルラに焦がれながら旅を続けていた。
 天の川にあいた「孔(あな)」、ジョバンニが求めた「みんなの幸(さいわい)」や「ほんたうの神様」。河岸に立つ、赤い「電信ばしら」。かつては美しさばかりに目を奪われていたその言葉は、演劇や音楽を経験して読むと、まるで違った叙情を伴い迫ってきた。ジョバンニの、その「透明な孤独」が求めるものは、他者と関わることでしか生まれない演劇という表現や、お客様と一緒に芝居をつくり上げる時間に、とても良く似ていた。
 大学士、鳥捕り、青年と姉弟、インデアン…。たくさんのどこまでも魅力的な登場人物たちは、地図にはならない風景や、無限に広がる星たちの世界を巡っていた。それは芝居を演じる俳優のようでもある。私はふと、賢治が高校教師時代に脚本を書き、生徒と共にオペラのようなものを学校で上演していたことに思いをはせた。その痕跡が、この童話にも潜んでいるのではないかと。
 そして読むたびに色彩を変え、読んだ時、それぞれの人生の瞬間に深く迫る。こんな本にはもう出合えないのではないかと思った。青春時代は永遠と思っていた僕は、来年には37歳。賢治の生まれ変わりではなかったが、宮沢賢治の没年に追いつくことになる。10年後、40台で読む「銀河鉄道の夜」の青春には、どんな輝きがみえてくるのだろうか。
「賢治を読む会」が使っているテキストも、ちくま文庫です。
私たちも、賢治作品をひたすら読み続けていくつもりです。
今日一日、寒い風が吹いて気温は上がりませんでした。
アメダス、最高気温は2.6度(13:10)でした。