「佐久の季節便り」、「桃の節句」、「桃」が花盛り…。

雨音を聴きながら、寝床でうつらうつら‥。

ラジオ・「今日はなんの日」で、「明治45年の今日、タイタニック号が遭難‥」

偶然のことながら、明治時代最後・大正時代の初年のこと‥。

宮沢賢治は明治29年生まれだから、印象的だったことでしょう。

銀河鉄道の夜にも、関連した叙述があります。一部を引用します。

 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。

 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足先に本国へお帰りになったのであとから発ったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです。船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾きもう沈みかけました。月の明かりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。 ところがボートは左舷の方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫びました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈ってくれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押しのける勇気がなかったのです。それっでもわたくしはどうしてもこの方立ちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行くほうがほんとうにこの方たち幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートのなかへはなしてやってお母さんが狂気のようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸(はらわた)もちぎれるようでした。(以下略)

さて、今日は、旧暦三月三日・「桃の節句です。

アメダス、最低気温は9.0度(1:39)、日中も、大気の状態が不安定、夕方には寒くなる予報です。

お昼ごろに、日が差してきたので、「桃の花」を撮りに出かけました。

昨日、田んぼから、この果樹園の桃色が見えていました。

画面左・白色の花は「すもも・プルーン」か‥。

奥の竹やぶからはあ、鶯が美声を聞かせ、まさに「桃源郷です。

f:id:yatsugatake:20210414125854j:plain

桃の花に近寄ってみました。
青空に映えて、「桃色」が美しい‥。

お花をあげましょ 桃の花‥」なんて歌ってたのに‥。

桃の花には、見向きもせず、もはや宣伝は「五月人形に‥。

f:id:yatsugatake:20210414125935j:plain

後ろの崖に、ちらほら桃色の花が‥、これは、動物が運んだ実生苗かな‥?

「自然の素晴らしさ」に感じ入り、その場で、ボランティア仲間に、電話報告しました。

f:id:yatsugatake:20210414125738j:plain

我が家の「一才桃・ボナンザ・ピーチ」」は、花が終わって結実中‥。

f:id:yatsugatake:20210414131610j:plain

やっぱり、「花より団子」ですか‥。

午後は、予報通り寒くなってきました。

裏の花壇、草掻きをやろうとでたところで、組長さんを手伝いました。

古くなった、ゴミステーション・ネットの張替え作業です。

明朝の「生ゴミ」出しに間に合いました。

 

月齢2.0、「三日月」の観望は空模様が怪しく、諦めました。

アメダス、最高気温は15.8度(13:58)、最大風速は、西北西の風5.0メートル(17:40)でした。

明朝は、氷点下2.0度、「霜予報」が出ました。