高遠から諏訪へ、研修を続けました。

研修の第二日目、まず「高遠歴史博物館」を見学して、研修の復習をしました。
続いて、「絵島囲み屋敷」です。
大奥、絵島は、高遠に流されました。絵島は、高遠にあること28年、61歳で没しました。
画像は、入り口にある「有島生馬の歌碑」です。

次に、長谷の「遠照寺(日蓮宗)」を訪れました。

流人絵島とのゆかりのある寺で、日蓮宗に帰依した和尚の法話を聞くのを楽しみにしていたそうです。
後に、絵島は「花畑の地の囲み屋敷」に移り、近くの「蓮華寺」に通いました。そして、蓮華寺に葬られました。
遠照寺では、分骨して墓に葬りました。
画像は、釈迦堂内に安置されている「多宝塔」です。室町時代の建築の名作、国の重要文化財に指定されています。

画像、境内に植栽された「ぼたん園」も有名です。
ご住職のお母さまが、長野市保科の「清水(せいすい)寺」のぼたんを見て、殖やしたそうです。
5月中旬から6月初旬に咲くそうです。
またその時期に、訪れてみたいと思います。
ホテルにお昼に戻り、昼食、閉会式で研修が終わりました。 


その後、個人的におまけの研修を続けました。先ず、絵島の墓のある「蓮華寺を訪れました。
その後、「風林火山」、諏訪氏の「上原城を訪れることにしました。
その場に行く道が分からないので、茅野市役所の観光課に寄り、教えていただきました。
細い山道を登り、まず館跡、そして徒歩で山頂の主郭にたどり着きました。
眼下に、かつての城下町に相当する茅野市が眺められました。

上原城跡」について、パンフレットに次のように解説があります。
諏訪氏惣領家の山城跡、標高978メートルの高知にあり、眼下には美しい諏訪の平を一望できます。原作では、天文13年に武田軍挙兵の際、諏訪頼重が本拠としていた城。この時、和議の使者として立った山本勘助由布姫と初対面をしています。

その地に立つと、由布がそのあたりに居るように思い、しみじみと「兵(つわもの)どもが夢の跡」を思いました。
山城のとって、水の確保は「命」そのものです。
山頂に近い郭(くるわ)は、深い「空壕」によって周囲から独立しています。なんと、その場に、水が滾々と湧き出ているではありませんか…。
画像は、その水場です。どんな仕掛けが施されているんでしょうか?大いに驚き感心しました。
これも、歴史のロマンです。

今日は、葉月(仲秋)の望(満月)です。(18:59)

うす雲がほんのりと光り、素晴らしいお月様でした。下の緑色は、「ゴヨウマツ」の葉です。